「何かご用ですか」

の何となく距離を置いた言い方に引っ掛かりを覚えつつも、ザンザスは落ち着き払って長い脚を組み直した。ほんの一瞬が身構えるのも見逃さない。(蹴らねえよ)
近頃ザンザスは執務のとき、あまり部下に丸投げすることもない。例えば彼の性に合わない煩わしそうなパーティーへの招待や、彼にとって取るに足らない馬鹿げた誘いを断るときは別だが。それに伴って、執務室にはアルコールではなくコーヒーの匂いのすることが多くなった。以前ほど面倒ごとが多くなくなった為か、回ってくる仕事の絶対量も減っている。テーブルにはの分のデミタスも追加されていた。所在無げにカップを見つめるの質問には答えず、ザンザスはできるだけ意地悪く、馬鹿にしたように問い返した。

「砂糖は山盛り三杯か?」

その声色で、ザンザスの口角が少なくとも片方上がっていることに気付いて、は驚いて顔を上げた。ザンザスの言葉の意味を理解するや目を丸くして、見る見る赤くなり、懺悔をするときのように俯いた。口元を手で隠して、心持ち小さくなる。その様子をザンザスは本当に愉快極まりない気持ちで眺めていた。あの時はよくも『平穏な』生活の邪魔をしてくれやがって。少しは溜飲の下がった思いで、ザンザスはフンと気まずそうなを鼻で笑った。

「てめえで入れられねえのか、砂糖三杯」
「二杯でいいですっ!」

本当に山盛り三杯……どころか、測りもせずポットから直接カップに突っ込もうとするザンザスを制止して、は叫ぶ。ザンザスが嘲るように笑っているのを見て、尻はソファにのめりこみながらは思わずテーブルに突っ伏した。

「……いつ気付いたんですか」
「初めからだ」

嘘に決まっている。さっきうたた寝してから思い出したのだ。それでもは一応信じたようで、深く溜め息を吐いた。そして眉根を寄せたままむくりと起き上がり、何食わぬ顔で砂糖を一杯だけカップに流し込んで、舌先で温度を確かめてから一口飲んだ。当初のリクエストよりも一匙少ないが、は特にどうとも言わずカップを置いた。やはり、子供のときとは違う、とザンザスはもう一度回顧する。昔が邸に預けられていたとき、は必ず"砂糖は山盛り三杯"と決まっていた。

「で? だらだら居座ってやがる理由は何だ? あん時だってぐだぐだ手紙なぞ寄越しやがって――

ザンザスの絶対的優位が覆ることはない。如何に大事な『お客様』相手でも横柄な態度は変わりない。もって生まれた気質か、他人に下手に出るなどという事はこの男にとって、発想することすら有り得ない。当然その支配者の威圧感を以って、ザンザスはの思惑を質す。

「……えーと、それは……ちょっと」

しどろもどろになりながらは目を泳がせ、また徐々に俯いていく。は小さく「覚えてないか」と呟いたが、ザンザスには何のことか分からなかった。が本題について喋らないことに、言いたくない理由があるらしいとはザンザスにも分かる。怖いもの知らずだった子供の時分とは違うの様子に少なからずザンザスは苛立った。思い通りにならない者よりも、自信なさげにおどおどした者のほうが尚嫌いだ。無意識に舌打ちすると、は指の背を額に当てて目元を隠した。

「だったらせめて居座ってねえで本部に」
「ごめんなさい」

その先は聞きたくない、と言わんばかりにが遮った。下を向いたままだが、耳が赤い。

「……実は……、お役に立てるようほどの、……有益な情報を持ってません」

はますます俯いて、つむじがいまやザンザスのほうを向くほどだ。

「……はあ?」

ザンザスが心底呆れたような声を出したのも無理からぬことで、の言葉はかなり予想外のものだった。ヴァリアーの動向を探りたいボンゴレ中枢側や相手ファミリーの雇ったスパイならば絶対にこんなお粗末な言い逃れはしない。それが真実だとすれば、馬鹿らしくなる。雇われた人間ならばもっと上手に内部に入り込んで情報を得ようとするだろうし、そう考えればの行動はどうにも素人くさすぎてやはり裏社会に通じる者のそれではない。

「何でそれを早く言わねえ」
「言ったら放り出されるかと思って」
「民間人相手なら帰るまで護衛ぐらい付けるに決まってんだろうが」
「そうじゃなくて」

怪訝そうなザンザスにようやく目線を合わせて、はばつが悪そうに小さな声で言った。

「ここに居られる理由が他に、思いつかなくて。えーと……折角また会った、のに」

馬鹿かてめえは。喉元まで出かかった。の目的が邸への滞在なら、確かにだんまりを決め込むのはあながち大外れでもない。が、その程度の理由でひと月も引っ掻き回されたのなら、いくら他のファミリーとの摩擦でピリピリしているからと言っても見抜けなかった自分たちの不手際ではないか。が子供の頃ボンゴレに預けられていたと言う情報はどこからも出なかった。マフィアとの繋がりを暗示させるものさえ見つからなかったのは、からの手紙が途絶えたあとザンザスの養父である九代目ボンゴレがその痕跡を全て闇に葬ったからだ。の経歴に傷が付かぬようにという、彼らしい配慮からだった。天下に名高いボンゴレの仕事、手抜かりはない(そしてザンザスにはそれが一層気に食わない)。

「……というわけでした、ごめんなさい!」

打って変わってすっきりした表情で、言うやいなやは立ち上がり、振り返ることなく早足で部屋を後にした。ノブを回してからドアを閉めたのだろう、音はほとんどしなかった。遠ざかっていくであろう足音も、聞こえなかった。幼いときとまるで変わっていない所作は細やかと言っていい。そこだけは悪くない。
ふと見ると、のカップは空ではなかった。砂糖が溶けきって甘くなったはずのエスプレッソはもうとうに冷めている。『折角また会ったのに』……いかにも女らしい、感傷的で湿っぽい動機だ。邸にあまり女の使用人が居ないのは、彼らがマフィアにも恐れられる暗殺部隊、ヴァリアーであると言うだけでなく、そのボスであるザンザスがこういった女特有のじめじめした性質を鬱陶しがるからというのも一つの要因だった。

「失礼しまー」

ノックもそこそこに入ってきたのはベルフェゴールだった。鼻の頭が汚れているからには、少しは真面目に片付けていたらしい。

「なんかこんなん見つけてさ。ボス宛だから勝手に処分したらマズいかと思って」

一つくしゃみをして、ベルフェゴールが差し出したのはまとめられたいくつかの封筒だった。黒いインクは褪せることもなく、紛れもなくとザンザスに宛てられていた。白地で周囲に赤と青の縁取り。エアメールだ。国際郵便の差出人は……勿論しかいない。

「ラブレター?」

ししし、と笑って冷やかしを入れるベルフェゴールを睨みつけると、彼はわざとらしくおっかながる真似をする。ザンザスは封筒を一枚抜き取り、宛名と差出人の名前を眺めてまた戻した。読むまでもない。どうせ内容は分かっているのだから。

「女の字じゃん? 『どうかお元気で』」

ベルフェゴールはいつの間にか便箋を引っ張り出し、朗読していた。それにしても引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいて、勝手な女だ。昔もそうやって散々人の手を煩わせておいて、……

「『いつかきっとお役に立って、恩返しをできたらと……』」
「う゛お゛ぉい、あいつ客間にいねーぞぉ」

けたたましい音量で、ベルフェゴールが開けっ放しにしていたドアからスクアーロの声が飛び込んできた。

「とうとう追い出し……う゛ぐっ!」

発信源は廊下から顔を出すなり、飛んできた封書の束の犠牲になった。刺々しい封筒の角は幾重にも重なって書籍の背表紙よろしく哀れなスクアーロの顔面に直撃する。騒音の元にそれを投げつけたのは当然ザンザスだった。「うるせぇんだよドカス」

「ししっ、ボスが甘酸っぱい思い出に浸ってるとこにタイミング悪く来てら」
「てめえも死ぬか」
「あっオレそういやオカマに呼ばれてた。失礼しましたー、っと」

ベルフェゴールはあっという間に部屋を抜け出すと、廊下の向こうに消えていった。こういう点、彼は実に要領よく生きている。幸いにもかすり傷で済んだスクアーロは革手袋の甲で鼻をこすりながらザンザスに向き直った。

「で、お役御免でおん出したのかぁ?」

が出て行ったと言うのであればある意味では、そうなる。何の情報も持っていないと言う以上邸に置いておく意味はない。だがはこの邸から外に出てどこかへ行く宛てはないし、迎えを呼ぶには邸の誰かに頼らなければならない。そして邸の中には、そんな命令外の真似をする者は居ない。ザンザスは立ち上がる。

「見つけたら檻にでも入れておけ」

そう言って部屋を出る彼が少し笑っているのを、スクアーロは確かに見た。それから、がザンザスに見つかったときにぶっ飛ばされたら面倒なことになりそうだなあと、大体そのようなことを思いながら、先ほどザンザスがぶん投げた手紙の束を拾い上げる。何の気なしに裏側を見ると、住所こそ書かれていないもののそこのあるのはこのひと月自分たちを――主に、よくボスにけしかけさせられていた自分を――振り回した女の名。

「『』……? …………どうなってやがんだぁ?」

スクアーロは振り向いたが、上司の姿は既になかった。





褒められたことではなかろうが、ザンザスはノックをせずにドアを開けた。彼の予想に反することなくやはり鍵は掛かっておらず、客間は無言で邸の主人を迎え入れた。南向きの窓から薄いレースのカーテン越しに陽光が差し込む。日差しは柔らかく小春日和の趣きで、常より奔放なベルフェゴールが思わず日向で寝そべりたくなったのも不思議ではない。
ザンザスは寝室に入るときも、同じく気遣いもなしに扉を開けた。そこにも、は居ない。ベッドは女中が整えたように綺麗になっていて、髪の毛一本落ちていなかった。まさか、とザンザスの脳裏を、彼に似つかわしくない考えがよぎる。そう、まさか、夢でも見ていたのか。以前もこうではなかったか? という女は本当に実在するのか? 唐突に現れて知らない間に消えているなど、それではまるで亡霊か、半睡の夢だ――。しかしすぐにその考えは払拭される。ベッドサイドのチェストの上には、便箋が一枚置かれていた。隅には見覚えのあるレース模様のエンボスが押されている。古びて端が黄ばんでいるそれは、とても他人に宛てて使うような状態の紙ではない。
ザンザスは置手紙と思しき便箋の、真新しい黒い文字を目で追った。

『まったく何の情報も持っていないと言うのは、嘘です。わたしはあの何とかというファミリーの人が麻薬取引に使った場所とその相手、それから関係者に関する幾つかの情報を偶然知ってしまい、……だから口を封じられそうになっていたわけですが……、最初は身の安全と引き換えにそれを提供しようと思っていました。けれどもあなたにお目にかかるとどうも懐かしくなってしまって、少しの間感傷にひたろうと思っていた矢先に風邪をひいてしまい、おまけに寝込んでいる間にその件が解決してしまったことをロン毛さんから聴いたので、言い出せなくなって先延ばしにしてしまった次第です。ご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ありません。また、お世話になりました。ありがとうございました。 追伸、使わせていただいたお部屋が、あの頃のものではなかったことが少しだけ残念です』

の、きっとこれが最後になるであろう手紙はそう締めくくられていた。そういえばが昔泊まった部屋はこの大きな客間ではない。幼いが寂しがらないように、人の往来のある使用人部屋の近くにあった空室を寝屋に当てていたのだ。便箋のどこか懐かしい加工を指でなぞって、ザンザスはが彼に手紙を書いた理由をはっきりと……思い出した。
が、どこからかもう使わない古い便箋と万年筆を見つけてきて、ザンザスにねだったのだ。繊細なレースのエンボスがよほど気に入ったのか、『これであなたに手紙を書きたいので』と言って。ザンザスは便箋を与えることでが大人しくなれば良いぐらいに思ってそれを譲ったのだし、勿論手紙など要らないと言ったが、には聞こえていなかったらしい。つまり手紙は世話になったことへだけでなく、便箋を譲ってもらったことに対する礼のつもりでもあったのだ。の言った「覚えていないか」とは、どうやらそのことについてだった。

「……カスが」

得手勝手はガキの頃から変わっちゃいねえ。口の中で毒づきながらも、ザンザスはの居所がどこであるかを確信して笑った。やることなすこと単純すぎる。




「うわ」

足を踏みいれた部屋の惨状に、は思わずひとりごちた。ところどころ埃を払った跡と、開け放たれたままのキャビネット下部の扉、床には写真の切り抜かれた古い雑誌のバックナンバーや空き缶が転がっている。部屋の隅に書類だの何だのを詰め込んだゴミ袋が置いてあるところから、部屋は掃除の途中なのだとにもかろうじて理解できた。

「さすがにベッドは片付けられちゃってるか……」

元々寝室じゃないもんねえ、とはぶつぶつ言いながら勝手にキャビネットの引き出しを開け、中を物色する。目的のものがないと見るや隣の引き出しに移り、重なるレターパッドやノートの下を探った。空のインク壷を退かし、それが見つからないと今度は上部のガラス扉の奥を覗き込んだ。

「見つけられたか?」
「ひいっ」

突如背後から聞こえた声には竦み上がった。

「な、な 何でここが」

振り返るといつも通りの仏頂面で、ドアの前にザンザスがいた。いつ開けて入りいつ閉めたのかにはまるで分からなかったが、驚いた様子を気に止めることもなくザンザスは歩を進め、たった今が漁っていたキャビネットのガラス扉を開ける。彼は呆然としているをよそに小さな小物入れを幾つか引き出して検分し、その一つからエボナイト軸の万年筆を拾い上げた。

「おまえ昔から、思ったことと行動が直結してんだよ」

軸に付いた綿埃に息を吹きかけて飛ばし、ザンザスはフンと鼻で笑う。が便箋と一緒に欲しがった、クリップの折れたこの万年筆は、が邸からいなくなった日に部屋のテーブルの上に置き忘れられていた。今でこそ物置状態で調度品も雑貨も乱雑に押し込まれてはいるが、当時のこの部屋で引き出しのある家具といったらこのマホガニーのキャビネットだけだったため、忘れ物の万年筆は自動的に上部の小物入れに仕舞いこまれていたのだった。

「あ、ありが……」

が受け取ろうと手を出すと、ザンザスはさっと手を引いた。に渡すまいとするように。

「……へっ?」
「まだ一個も役に立ってねえな」

ザンザスは呆気に取られるを見下ろして底意地悪く笑う。

「てめえの言ったことには責任持つもんだ。『恩返し』だったか?」

『いつかきっと、恩返しをできたらと思います』……がザンザスに宛てて書いた手紙の一文だ。の顔がわずかに引き攣る。

「何でそんな内容覚えて……」
「てめーとは頭の出来が違うんだよ」

…………嘘に決まっている。さっきベルフェゴールが朗読していたのをそのまま繰り返しただけだ。はまたも納得してしまった様子で「はー……そういうもんかな」などと独り言を繰った。生意気で勝手で、妙なところが素直な子供も大人になって幾ばくか変わったと思いきや、本質ではいささかも変化がないと判り、ザンザスはやはりこれは夢でも亡霊でもないと心底で断じた。

「あっれー、ボスがいる。っつーかお前客間の女じゃん、何してんの」

調子外れの声がして、入ってきたのはベルフェゴールだった。客間で惨事になってはよくないので彼はの部屋に入ったことはない。ザンザスとを交互に見て、異色の組み合わせにベルフェゴールはきょとんとしている。

「続きやっとけ」
「へーい」

使用人部屋の斜向かい。寝室ではない、『開かずの間』。ベルフェゴールは整頓の続きを行うべく、床の雑誌を拾った。遠慮なしに次々とごみ袋に押し込んでいく。

「そんで、この女はどーすんの? ボス」

部屋を出て行こうとしたザンザスの背中を能天気な声が追いかけた。彼とベルフェゴールの間にいたも、ザンザスを見る。ドアノブに手をかけたまま少し考えてからザンザスは顎をしゃくった。

「勝手に使え」
「りょーかい」
「ええええ!?」

驚いてが抗議の声を上げると、ザンザスは持っていた万年筆を放り投げた。

「ちょっ、!?」

は慌てて空中でそれを捕らえる。

「自分の部屋くらい、自分で片付けろ」

そう言ってザンザスは出て行き、廊下に響く革靴の足音もすぐに聞こえなくなった。それを見送って黒檀に似た軸の硬質な感触を確かめながら、はザンザスの言葉の意味を束の間考えたが、結論を出す前に後ろ髪を引っ張られた。

「おわっ、何」
「なんだっけ、? オレはベルフェゴールね。ベルでいいけど」

にかっと笑って、ベルフェゴールは自己紹介する。

「あ、うん。よろしくベル……って何コレ」

握手しようとが差し出した手に、彼は微塵の遠慮もなくごみ袋を握らせた。かなり体積と重量を増した透明袋を両手で支えて怪訝そうなに快活に言う。

「ソレ捨ててきて、別な袋いっぱい貰って来て」
「力仕事は男の領分なんじゃあ」
「だってオレ王子だもん。ナイフより重いもん持てねー」

あっけらかんと言い放ち、ベルフェゴールは真っ白になったマガジンラックからグラビア雑誌を手に取り眺めた。すぐにその場に座り、パラパラとページを捲る。ちょっと古い写真を品定めしながら、不服そうなに向かいにやりとして囁く。

「『お役に立って恩返し』だっけー?」
「なんで知ってるの!?」
「う゛お゛ぉい、こんなところに居やがったのかぁ」

未だ開け放たれたドアから大音量と一緒に顔を出したのは、

「あっ、スクアー……ロン毛さん実にいいところに」
「……わざわざ言い直しやがって……追い出されてはなかったようだなぁ」
「すげー、ほんとだ今度はナイスタイミング」

確認するまでもなくスクアーロだった。とベルフェゴールはちらりと互いに目配せする。

「なんだぁ?」
「はいっ、これあげるかっこいいロン毛さん」
「プレゼントな、チョーカッコイイ先輩に」

二人がかりでごみ袋を押し付け、スクアーロの両肩をそれぞれが叩いた。一瞬状況を飲み込めなかったスクアーロは袋の中を覗きこむ。

「ゴミじゃねーかぁ!」
「ベル真面目にやってよ日が暮れちゃうじゃん」
「つか絶対今日中に終わんねー、多分明日も終わんねー」
「というわけで、大変申し訳ありませんがお暇なら手伝ってくださいスクアーロさん」

今度こそまともにその名前を呼んで、唖然としたままのスクアーロには深々と頭を下げた。





「そりゃ嘘だろうぜぇ」
「なんで?」
「あの男がそんな昔の他人のことを記憶してるわけがねえ」

数日後、ようやく人が住める状態になったの部屋の前で、スクアーロは肩を竦める。「大体判ってたらもっと別のやり方でお前の口も割ってただろうからなぁ。手紙の文面など論外だぁ」スクアーロは容赦なく否定した。ザンザスにしたら、いちいち説明など面倒をしているよりも適当なことを言っておいたほうが早い。元より嘘を吐くことに躊躇いのある男でもない。

「こないだあの人ベッド蹴ったから、昔わたしがソファで寝てたときに同じように起こしたの憶えてたのかなって思った」
「いや、そいつは単に足癖が悪ぃからだと思うぞぉ」

なるほど、とも頷く。ザンザスが本当はのことなど忘れていたと言うなら、それはにとっては残念なことだったが、仕方がないことなのだとも思う。彼は立場上多くの人間と関わるのだし、彼女が邸に居たのはわずか数日のことだから。

「それにしてもよく部屋なんか貰えたもんだぜぇ。放り出されると思ってたからなぁ」
「うん、前に手紙に書いた恩返しってやつが終わってないから、何かの役に……何その顔」

嬉しそうなの言葉を聞くにつれスクアーロの眉間には皺が寄り、口元は歪んでいた。

「おまえ死ぬまでタダ働きさせられ……ぐわっ!」

突然スクアーロが仰け反った。先ほどまで彼の顔があった位置より少し上で、不機嫌顔のザンザスが舌打ちする。「てめ……っ、この」なにやらもがいている様子から、どうやら髪の毛を思い切り引っ張られているようだ。

「油売ってる暇があったら上がってる報告書でも読んどけカス」
「解ったから離しやがれぇ!」

スクアーロが言い終わるか否かのうちに彼は自慢の髪を解放され、よろめいて立ち上がり、ぶつくさ言って階段を上がって行った。「じゃあなぁ」片手を上げながら。


「恩返しとやらの方法は思いついたか」
「うーん……それは追々」

仕事に関することでは何も役に立てそうにないし、とは口ごもる。人を惹きつけるほどの容姿でもなし、特にこれと言って自慢できる特技があるでもなし、その点彼女はごく平凡と言って差し支えなかった。

「手紙の代筆くらいならいつでも」

は万年筆を軽く掲げ、いたずらっぽく笑った。

「フン……ならせいぜい文字の書き方を練習でもしておくんだな」

ザンザスはの手紙の文字を思いだし、皮肉った。何しろが客間に置いていった手紙を読む限り、子供の頃の癖がまるで抜けていなかったので。は言葉に詰まったが、すぐに「これから上手くなる」と強気で言った。

「欲しかった万年筆もやっと手に入れたことだし」

子供の頃と手紙を出していた間、ここに来るきっかけ、それから現在。よくよくは彼らマフィアに縁があるらしかった。面倒なことだが、腐れ縁とあってはなかなか切れそうにない。案外長い付き合いになることも覚悟しなければならない、……ザンザスは半ば諦め心地にそう思った。

「あなたでも返信したくなるような手紙を、書いて見せますとも」









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何このボスとベル影武者?
ザンザス じゃなくて ザソザフ、 とかじゃね?
ベル じゃなくて べノレ とかじゃね?
ヴァリアー じゃなくて ヴァ'ノア一 とかじゃね?
お邸事情の捏造なんて朝飯前じゃね?
ヴァ'ノア一ク才'ノ〒ィをもってすれば音も立てずに
部屋に入るなんてチョチョイのチョイですよね。
フ、クア一口氏がなんか可哀想な話ですみませんでした。

4:16 2008/12/25